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乳がん・私が胸を取った理由。~呪われた一族

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ステイシーとローラは家族の呪いから逃れる為に起した行動について話しています。

 

Stacey Gadd 26歳 ステイシーガット

 

ケーキの準備が整い、風船を飛ばす。友人たちは会話を楽しみ始める。

私はとうとうこの日が来てしまった事が信じられないと言う気持でした。

今夜、私たちは大きな別れの為に集まりました。 とはいえ、私が街を離れる訳ではありません。

 

このパーティーは私の胸のサヨナラパーティーでした。

不思議に思われるかと思いますが、過去を振り返れば確かにこれは祝うべきものでした。

 

+++

 

4年前、乳がんが高い確率で発症する可能性をもたらす遺伝子が見つかりました。

それまでも、乳がんは私が最も恐れるものでした。

 

乳がんは私の2つの世代において家族をとても苦しめたものだったからです。

私が生まれる3年前、今年56歳になる母:フローレンスに乳がんが見つかりました。

私が16歳になるまでに5回再発を繰り返し闘病を行っていました。

私の祖母も同じ癌で亡くしている事から、医師はBRCA1という遺伝子があなたたち家族に癌をもたらしているのではないか?と疑いました。

 

私が18歳の時にいよいよ遺伝子の検査を行いました。

 

結果はポジティブ。(陽性)

 

専門家である医師より2つの提案がされました。

 

1.定期的に検査を行う。

2.癌を防ぐために乳房をあらかじめ取り除く。

 

胸を取るって??あり得ない!と私は思いました。 私のBカップの胸はここ最近成長していたからです。

そして、1を選択した私は2年間ほんとうにこまめに検査を行い幸い問題は発見されませんでした。

しかしその後、私の妹であるローラが18歳になった際、同じ検査を行ったところ同じ遺伝子を持っている事が発覚。

その時、私の考えが変わり始めました。

 

私はとても強い恐怖感をぬぐい去る事ができませんでした。

妹は私と同様に胸を保存し、定期的に検査を行う選択をしましたが、私達が胸を残している事は死刑を待つ死刑囚と同じではないのか?

私は身震いするほどこれを恐れるようになり、それから数カ月間恐怖はますます増えるばかりとなりました。

 

私が21歳の時、癌の恐怖の無い自由な生活のため乳房切除手術の予約をしました。

ただ、手術を決断するのは簡単ではありませんでした。

・胸が無くなったらどんなふうに見えるか?

・自分を女性として認識し続けられるか?

 

などなど、全てを医師に相談し再手術を決断しました。

医師は自然に見えるインプラントがあり、自信を持ってお勧めしてくれるとも言ってくれましたが正直手術痕なども不安。

そんな時は母に相談し、不安を和らげてくれました。

なにより、母は私が今まで我慢してきた癌の恐怖が無くなるので、嬉しいとも言ってくれ、母の安堵の表情なども背中を押してくれました。

 

この手術を恐れるのではなく、前を向くべきだ!

 

手術後には全ての悩みを置いて前に進む!と決めました。

 

私は母と娘に、バイバイおっぱいパーティーを計画している事を伝えました。

おっぱいのケーキ ・ 巨乳コスプレ ・ おっぱい風船 など。

 

彼女たちはとても興奮してくれ、賛同を貰い計画をスタート。

3ヶ月後、とても素敵な日を迎えました。

 

おっぱいコスプレの家族や友人などが到着。最後にはおっぱい型ケーキに入刀擦る前にお別れのスピーチも行いました。

party

boob-cake

 

 

それはとても光栄に思えました。

私は、「おっぱいに敬意を表します。しかし人生はあなたを胸にぶら下げていようが無かろうが良いものだ!」

 

沢山の拍手と共に、私は自分が正しい事をしている事を更に実感する事が出来ました。

 

 

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数日後病院で最後のおっぱいとの別れ。

オペから目を覚ますとおそらく悲しい気分になるのではないか?と不安な部分もありました。

しかし信じられない様な権利を私は得ていました。

手術は両方の乳房の下に小さな切開を行うのみでした。そこから組織を取りだし、生理食塩水を入れる為のバックと置き換える方式でした。

その後徐々に生理食塩水を追加していくインプラントの為の準備でした。

私は私の命を救うための手術を決断した事に幸せを感じていました。

 

がんはもう私の人生を惑わす事は無い!私の将来は私のものになった!

 

数週間この感覚は続きました。

術後は赤く痛みがあったかもしれませんが、それらは手術と戦い勝った事を思い出させてくれました。

 

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3ヶ月後妹のローラから電話を受けました。

「私も手術の予約をしたよ!」

更に続けて、術後の私がとてもポジティブな思考になり、手術は私の為に正しい決断だった事に気付いた事も話してくれました。

私は嬉しかった。

 

彼女が麻酔から覚めた時、私は彼女にキスをしました。

 

 

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それから私たちは、22歳と最も若く乳房切除術を行ったオーストラリア人であることに気がつきました。

私たちの経験が他の人を助ける為のインスピレーションになると思い、ピンクホープという慈善団体を設立しました。

2年間、わたちたちの関係はこれまで以上に良い関係になってます。

 

 

傷はつきましたが、ナイフを掻い潜る価値が間違いなくありました。

人生は何時でも戦う価値があるから。

 

family

 

 

 

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彼女は乳がんではありませんでしたが、発症予備軍としての診断でした。

乳がんにより手術される方の場合、癌が治るか?生存率はどうか?という悩みとは異なったものがあり

既に癌になられている方にとっては、少し変わった感覚を受け取られると思います。

 

映画「7人の侍」のなかで、首が飛ぶのに髭の心配をしてどうする?という台詞がありました。

村が襲われる事が解っていて7人の侍が助けに来てくれるのですが、

自分の娘が助けに来た侍に乱暴をされるのではないか?という不安で居ても立っても居られないと言うシーンです。

黒沢明氏はそれでも髭の心配をしてしまう人間の心理も作中に描かれていらっしゃったように、それでもこの考えはどうしようもないというのはある事なのかと思います。

 

インプラントの技術などもありますが、彼女たちは自信を失わず前向きになれました。

同じように手術について不安を抱えている方には参考になる部分があるかと思いますが

同様に乳がんの手術を経験され、ご出産された方には遺伝的に子が乳がんになるのではないか?という不安がどこかにあるかと思います。

 

この記事の様に、遺伝子レベルで判別できるのであれば

子が18の時にどのように思うのか。と考えるととても重要なメッセージがあるのではないかと考えます。

 

先日、米女優アンジェリーナジョリーの乳がんによる乳腺切除手術のニュースに続き

卵巣摘出手術を受けたと言うニュースがありました。

これは転移によるものではなく、女性ホルモンとの関係などで卵巣が原発するガンとして発症する確率が50%程度考えられる為に切除したと言うニュースでした。

一部、これは乳がん患者が更に手術を考え、手術費を受け取る医者などのための宣伝行為だ!と批判する方もいましたが、今後癌予防のための手術というものも一般化していくのかもしれません。

 

オーストラリアの保険制度や手術費用の自己負担分などは調べていませんが、

今回の彼女たちはおそらく、生命保険やがん保険などとは関係の無い手術だったと思います。

ご自身が癌経験がある場合、自分の家族にかける保険でがん予防のための手術がどうなって行くのかについては心のどこかで気にしておいても良いのかもしれません。

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